最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1406号 判決 1950年7月12日
主文
原判決を破棄する。
本件を高松高等裁判所に差戻す。
理由
弁護人鍛冶利一上告趣意は末尾に添附した別紙書面に記載のとおりである。
上告趣意第一点について。
按ずるに、食糧管理法施行規則一條の三(昭和二一年八月二四日農林省令第四四号により改正されたもの)によれば、地方長官は、食糧管理法三条一項の規定により政府に売渡すべき生産米につき、その売渡の時期を定め、これを府縣令の公布と同一の方法によって公示すべき旨が定められている。従って食糧管理法三条一項違反の生産米不供出の罪は、定められた割当数量相当の生産米を前記地方長官により決定公布された供米期日に供出しなかったことによって成立するのである。いいかえれば、地方長官の供米期日の決定とその期日の公布がなければ、生産者の供米義務は具体的に発生しないのである。
然るに原判決によれば、被告人は昭和二一年度生産米につき、居村々長から本割当並びに超過割当された一定量の生産米を一定の期日に供出すべき旨の通告を受けながら、内若干の数量についてはこれを供出しなかったと判示するのみで、前記の如き地方長官の供米期日の決定及びその期日の公布の有無については記録上も全然これを明かにするを得ないのである。してみれば、原判決をもってしては、被告人は具体的に、如何なる生産米供出の義務があったのか、その義務の内容を明確に知ることができないわけであって、原判決は結局罪となるべき事実を明かにしない違法がある。従って論旨は理由がある。よって他の論旨についての判断を省略し、旧刑訴法四四七条、同四四八条の二より主文のとおり判決する。
右は裁判官齋藤悠輔の反対意見を除きその他の裁判官全員一致の意見である。
裁判官斎藤悠輔の反対意見は次のとおりである。
原判決がその事実理由において「被告人は田六反五畝の自作者で昭和二一年度の生産米につき居村々長から昭和二二年二月中本割当一石一斗九升を同年三月末日迄に、同年四月中超過割当三斗を同月末日迄に供出すべき旨の各割当通告を受けながら同年四月頃生産米八斗を供出したのみで残り六斗九升を供出しなかったものである」旨判示し、食糧管理法第三二条第一項第一号(昭和二二年法律第二四七号による改正前のもの)第三条、同法施行規則第一条、第一条の二を適用処断したこと竝びに、同法第三条第一項が米穀の生産者は命令の定むるところによりその生産した米麦にして命令を以て定むるものを政府に売渡すべき旨を規定し米穀生産者の売渡義務は同条に基く命令によりその内容が定まりこれに違反した場合に第三条第一項の違反を生じ第三二条第一項第一号の適用あることは所論のとおりである。
論旨は、原判決は村長が供出の数量及時期を定めて割当通告をすれば供出の時期が定まり其の時期迄に供出をしないと同法第三条第一項の違反となるというにあるけれども村長は売渡を定める権限を有しないから村長が通知したとしても同法第三条第一項に基く売渡の期日ではなく第三二条第一項第一号を適用する条件は具備しないというのである。従って、本論旨では、原判決が論旨のいうように村長が売渡の時期を定める権限を有するものと解し村長の定めた時期迄に供出しないことを食糧管理法第三条第三二条第一項第一号違反としたものであるか否かが争点であるといわなければならない。
しかるに、原判決は冒頭摘録のごとく判示し、処断し、法律適用の部分に特に食糧管理法施行規則第一条の三を掲げていないのであるから、原判決の趣旨は同規則第一条、第一条の二に基き村長が米穀の割当数量の通知をしたにかゝわらず被告人は割当数量中六斗九升の生産米を供出しなかったという割当数量の生産米不供出の事実を違反行為と認定判示したものであって、論旨の主張するよう、村長が売渡の時期を定める権限を有するものと解し村長の定めた売渡の時期迄に供出しないという米穀供出時期違反を犯罪行為と認定判示したものでないこと明白である。されば論旨は原判示に副わない独自の事実見解に基く非難というべく、採用することができない。そして、原判決は、本割当一石一斗九升、超過割当三斗を供出すべき各割当を受けたにかゝわらず内六斗九升を供出しなかったと判示しているから、原判決の判示だけで被告人は具体的に如何なる生産米供出の義務があったかその義務の内容を明確に知ることができるのであって、同規則第一条、第一条の二によってその内容が定まる食糧管理法第三条第一項違反の罪となるべき事実は極めて明瞭であるといわなければならない。しかも、判示本割当一石一斗九升就中超過割当三斗の割当について地方長官の供米期日の決定とその期日の公布があったか否か、従って、その割当が有効であるか否かのごときは本件において争点となっていないのであり(さればこそ原判決は特に同規則第一条の三を適用しないのでありまた多数説のいうがごとく本件記録上も全然これを明らかにするを得ないのである)また、当審における職権調査事項でもないから、原判決の適用しない同規則第一条の三を前提とする多数説は明らかに原判示竝びに本論旨に副わない越権であって賛同するを得ない。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)